日々の◯◯。

ただのオンナに戻っておもしろおかしく、ミラクルな日々へ!

10と0の間

ここ数日、今までの自分が一度死んだような、

また再び立ち上がるのかも分からない

というような感覚を味わっています。

 

特に何のきっかけがあったわけでもなく、

自分の外側に何か変化があった、とかは全くなく。

 

こうなる少し前あたりから、

私は今の状況が「9」だなと思っていました。

 

去年の婚約破棄から真穂さんに出会い、

その頃からの一連の流れをひとつのステージとするならば、

数字で表すと今は そのステージの「9」まで来たな、という感覚が、ものすごくありました。

本当に感覚での話で、

あと少し、あと少しで10=このステージは上がり

という気が、すごくしていました。

 

そして、夏至の次の日に、なにか「今だ(吐きそう)」みたいな感覚があり、

ノートに向き合った時に、自分史上最大にダサい自分、が、ようやくあらわになりました。

 

まず、私は、相手を

「許せない」と

「信じたい」という

二つの気持ちを持っていて、

そこをどちらかに白黒つけたくて、また白黒つけなければならない、と思い込んで、

自分の中の矛盾に苦しんでいたことが、わかりました。

 

でも、

矛盾がある自分、これが本日只今の私、

それを認めないことには始まらないのだと。

矛盾があってもいい。矛盾を抱えた私で生きていく。いつかそのどちらかが、自然な流れで放れていくこともあるかもしれないし、どっちでも良いのだ。

 

そしてそれを認めたら、さらに奥が見えてきて、

「(相手を)信じたい」のは、

「(相手を選んだ自分の目を)信じたい」

からだった。

 

自分が、人を見る目がなかったなんて認めたくない。

そんな自分なんて「許せない」。

そこをずっとずっと、見たくなかった。そんなダサい自分、ありえない。

そんな自分を見るのが怖くて怖くて、

だから、「相手が変わって」「私が見る目があったと」「証明してくれる」ことを望んでいた。

怖さを作り出しているのは自分なのに、それを破壊することを相手に求める、という履き違え。

 

もう本当に、どんなに他者が絡んでいる事でも、見るべきはどこまでもどこまでも自分なんだ。

 

そして、「ダサい自分」も、客観的に見れば、おそらくそんな大した事ない。

もしこれが、他人の話であれば、「それぐらい普通だよー」と思うであろう。

大した事ないけど、「自分はすごい」と思いたいから、ちょっとでもダサいと思われる自分を見ることが、こんなにも怖ろしい事なのだな。

自分を見たくない、って…こういう事だったんだな…。

 

 

そして、この事が腑に落ちたあと、

「ああ、10になったな」

と思いました。

 

実感として、ああ、終わった。

と思いました。

そしてそれは、「やったー!このステージクリアー!」とか、「次の幕へ進むんだ!」みたいな雰囲気は一切なく、

これまでの数ヶ月の自分が、一度死んだ。終わった。という感覚。

何のやる気もせず、私はずっとこのままなのか?とすら思うことも。

 

9→10→0→1

みたいに、

またきっと次のサイクルはあるのだけれど、

今は10と0の間、

生まれる前の、死の世界 みたいな感じです。

ここからまた立ち上がり、歩いていくのかも分からない。

また生まれるのだろうか。

きっとまた生まれるのだろうけど、今は、闇の中で、また生まれる時を待っている段階なのだと思います。

 

なんだか抽象的な話ばかりで意味が分からないと思いますが…事実、全てが私の感覚の中だけで起きている事なのでこんな感じです。

この死と生の狭間の闇にしばらくいるかもしれないし、その経験もまた面白いなと、あまり苦しさもないし、

この先どうなるのか全くわかりませんが。

 

幕と幕の間は、幕の内弁当を食べる時間なんだよなあ。とふと思って。

ここでしか感じられないものを、今はどっぷり感じていようと思っています。